本文へ移動

横田正俊記念賞 第31回 受賞論文 (早川雄一郎 氏)

論題:「競争者排除型行為規制の目的と構造(一)~(六)・完―忠誠リベート規制をめぐる欧州の変遷と米欧の相違を手がかりに―」

早川 雄一郎 氏  (京都大学大学院法学研究科講師)
((一)法學論叢175巻1号85頁(2014年4月)、(二)法學論叢175巻3号73頁(2014年6月)、(三)法學論叢175巻6号94頁(2014年9月)、(四)法學論叢176巻1号95頁(2014年10月)、(五)法學論叢177巻1号104頁(2015年4月)、(六)法學論叢177巻2号49頁(2015年5月))及びこのテーマに関連する事例研究(「EUのIntel事件」公正取引773号66頁(2015年3月)ほか3点)

論文要旨

 本論文は、我が国のインテル事件などで問題となったいわゆる忠誠リベートという行為の独占禁止法上の規制根拠を考察し、それを通じて、独占禁止法における競争者排除型行為規制の目的と構造を探求したものである。
 忠誠リベートとは、事業者が、顧客に対して、製品やサービスの排他的な購入、購入占有率目標や購入数量目標の達成等を条件として、リベートや値引きを供与する行為である。したがって、この行為は、競争者排除型行為規制における典型的な2つの類型である不当廉売と排他的取引の各々に類する側面を持つ。競争者排除型行為規制においては、問題の行為が競争手段としての不当性・人為性を有することが規制の前提と考えられてきたが、従来、不当廉売と排他的取引とは、不当性に関する認識枠組みを異にしてきた。すなわち、不当廉売については、値引き行為が本来的には競争促進的な行為であることから、不当性の識別基準として、しばしば費用基準をめぐる議論がなされてきたのに対し、排他的取引については、顧客の取引先選択の自由に対する拘束性を含む行為であるため、少なくとも市場閉鎖効果を生じさせている場合であれば、原則論的には不当性を承認されてきた。忠誠リベートという行為は、以上の両者の性質を併せ持つため、そのどちらの側面を重視して評価するべきかが問題となる。我が国では、従来、この行為は排他的取引に準じて評価されてきたが、値引きの一種としての側面も考慮するべきではないかという批判もあった。そこで、本論文では、経済学、EU法、米国法の知見を踏まえたうえで、検討を行った。
 まず、忠誠リベートを排他的取引に類するものとして把握する考え方の経済的根拠は、次のとおりである。すなわち、個々の顧客の需要の中には、問題の行為者である支配的企業から確実に購入する必要のある領域(「マストストック」ないし「非コンテスタブルな部分」)と、当該支配的企業以外の競争者から購入することも可能な領域(「コンテスタブルな部分」)とがありうる。マストストックが有意に存在する状況下で忠誠リベートが行われる場合、当該支配的企業は、マストストック部分での力を「梃子」とすることによって、本来は競争可能な領域である「コンテスタブルな部分」における顧客らの転換費用を人為的に引き上げ、排他的取引類似の拘束性をもたらしうる。EUの裁判所は、以上の発想に基づいて忠誠リベートを排他的取引と同視し、市場支配的地位の濫用を規制するTFEU102条の下で、極めて厳格に規制してきた。もっとも、EUの判例法に対しては学説からの批判も多くあり、規制当局である欧州委員会は、2009年に公表した102条の適用に関するガイダンスにおいて、上記「梃子」の問題にも配慮しつつ、同時に、この行為が値引き行為の一種であることも考慮し、独自の修正を施した価格費用基準を導入した。これに対して、米国法では、単一製品で行われる忠誠リベートに関しては、原則論的には、端的に値引き行為の一種と見られる傾向が強い。以上のように、欧州と米国の間、また、欧州裁判所と欧州委員会との間でも、考え方の相違が生じている。
 本論文では、以上のようなEUと米国の議論を踏まえたうえで、我が国におけるあるべき考え方を提示した。すなわち、排他的取引においては顧客の取引先選択の自由に対する拘束性の存在が、不当性評価に際しての重要な前提要素を構成していると考えられるところ、上記「梃子」の問題は、忠誠リベートの拘束性の理論的根拠となりうること、したがって、総論的な考え方としては、少なくとも上記「梃子」の問題が生じうるような状況下で行われる場合であれば、排他的取引と同様の枠組みの下で市場閉鎖効果の有無等を検討していくことが望ましいことを論じている。
TOPへ戻る