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横田正俊記念賞 第7回 受賞論文 (赤松美登里 氏)

論題:「ドイツにおける独禁法違反に基づく民事責任」

赤松 美登里 氏 (故人・熊本商科大学講師)
(ドイツにおける独禁法違反と民事責任-日本法への示唆・確認訴訟の活用に向けて」判例タイムズ758号[1991.8.15],「西ドイツにおける独禁法違反に基づく消費者訴訟の可能性(1)~(5)」公正取引475、476、478~480号[1990.5~10])

論文要旨

わが独禁法上、私訴の提起がほとんどないことは、しばしば指摘されるところであり、アメリカのように倍額賠償やクラスアクショソといった特別の制度をもたないドイツと比較しても、実質的訴訟件数はドイツの約10分の1と少ない。そこで、その原因を探るべく、ドイツにおける私訴の基点たる競争制限禁止法35条事例(「経済と競争」誌掲載分)を調ベたところ、次のことが明らかとなった。
 ドイツでは、第一に、不当に契約を破棄された場合には契約の強制的締結を、団体への加入や商品の納入を不当に拒否されたときは加入や納入再開を、さらには違法行為の不作為や妨害排除といったように、当事者の意思に合致した現実的救済が広く認められており、35条訴訟の大半を占めている。第二に、損害賠償請求について、損害と損害額算定の間題とは区別されており、少なくとも後者は立証責任の分配によらず、よって損害額の立証が不十分であるとの理由で請求が棄却されることはない。算定のための十分な資料が提出されている限りで、裁判官は、前後理論や物差理論といった基準を用いて算定している。資料が不十分で算定できない場合でも、損害賠償請求権が存するとの心証を得れば、原因判決を下している。第三に、独禁法事例では違法行為が継続していることが多く、損害賠償の給付訴訟の提起は困難である。この場合、すでに生じた一部の損害賠償の給付訴訟は可能であるが、給付訴訟を提起せず、損害賠償義務全体について確認訴訟を提起することが許されている。損害賠償義務の確認判決は、3年の短期消滅時効を中断させる他、算定が困難な賠償金について、当事者で和解する基礎を与えると認識されている。
 わが国の場合、確かに現実的救済を直接認めることは、解釈上困難である。が、損害と損害額の問題とを区別し、違法行為が継続する場合に、損害賠償義務の確認訴訟の提起を許すことは理論的に可能であり、その活用により、私訴の活性化が期待できると考える。賠償義務の確認判決の獲得は、時効を中断させ、損害額決定の基礎を与える他、現実的救済獲得のための威嚇手段となるからである。
 最後に、消費者訴訟についてである。わが国と異なり、ドイツでは現在までその例はなく、35条訴訟はすべて事業者による。しかし、判例・学説を概観すると、カルテルや違法な価格拘東契約等により消費者価格が不当に操作された場合、消費者訴訟が認められる可能性はあると思われる。35条は保護法規構成をとり、消費者の提訴が認められるには、被告が違反した規定が消費者のための保護法規でなければならない。そして、判例は、カルテルの無効を定める1条の保護法規性の認定につき、具体的事案に即して判断されるとし(この限りで消費者訴訟は否認されていない)、損害額の算定が困難であることは否認理由にならないとした。この点、先の鶴岡灯油最高裁判決は比較法的も疑問であろう。
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