第19回「在韓米軍基地の入札談合事件」
米国司法省が本年3月に在韓米軍基地における入札談合事件について,入札談合に関与していた韓国人2名を起訴しました。これはどのような事件ですか。
米国司法省のプレスリリース及び起訴状によると,在韓米軍基地での修繕保守の下請業務について,韓国の建設会社の役員等2名が他の会社の者と共謀して,遅くとも2018年11月から談合を行っていたものです。
(米国 司法省プレスリリース)
韓国で行われた入札談合について、韓国が同国の独禁法を適用するのであれば分かるのですが、なぜ、米国司法省が反トラスト法を適用することができるのですか?
そうですよね。属地主義という立場に立てば,韓国で行われた違法行為に対しては韓国法が適用されるのが当然でしょうね。しかし、米国の考え方は,違法行為が米国内の取引に対して,直接的,実質的,かつ合理的に予見可能な影響を有する場合には,行為の場所いかんにかかわらず米国法が適用されるというものです。しかも、本件の場合は,そもそも在韓米軍が発注するものですから,米国内と同様に米国法が直接適用できると考えているようです。
司法省は,韓国企業の役員等に対して起訴できるのですか。
起訴された役員等2名が米国内に所在するか否かにかかわらず起訴できます。
ただし、役員が米国の領域内にいない場合には同人に出頭するように求めます。自動車部品カルテル事件では、多くの日本人被疑者は米国の出頭要請に応じているようです。
米国の刑事手続はどのようになっているのですか。
簡単に言いますと,司法省は刑事事件相当の事案と判断すると,連邦地裁に陪審員から構成される大陪審(Grand Jury)の設置を要請し,大陪審が起訴相当かどうかの判断をします。なお,大陪審は非公開で,検察官,証人以外は出席できません。そして,大陪審が起訴の評決を行った場合に司法省は正式起訴(Indictment)を行うことができます。
なお,大陪審の審理中に被疑者が司法取引を行って有罪を認めた場合には,司法省は大陪審の評決を待たずに略式起訴(Information)を行うことができます。本件は,正式起訴を行ったということなので,司法取引を行わずに刑事公判で争うことになると思われます。
入札談合を行うとどのような罪に問われるのでしょうか?
入札談合やカルテルの罰則は重罪であり,とても重い刑罰が法定されていますよ。個人に対しては10年以下の禁固刑又は100万ドル以下の罰金となっています。
日本人でも入札談合やカルテルで訴追され、刑事罰を受けた例があるのでしょうか。
数多くあります。2011年から2015年の間に訴追された自動車部品カルテルでは多くの日本企業と幹部社員、役員が起訴され、刑事罰に処せられました。企業に対しては最高4億7000万ドルの罰金が課された事例があります。違反行為者個人に対しては、罰金2万ドルや禁固刑として12月から24か月の長期にわたる刑が科されているようです。
仮に有罪判決を受けると,外国人であっても米国の刑務所に収監されるのですか。
その通りですよ。実際に会社の幹部社員、役員クラスなどが刑務所に収監されています。また刑務所といっても,様々な刑務所がありますので、司法取引に応じる場合にどの刑務所で服役するのかについても重要な取引内容となっているようです。
他方、例えば,正式起訴後,被疑者に有罪判決が下された場合,外国人であれば米国に行って収監に応じないという選択もあります。しかし,その場合には,逃亡犯として扱われ,国際指名手配を受けるおそれもありますので、将来にわたって米国に行くことはできなくなります。また、米国と外国との犯罪人引渡条約に基づいて,外国の司法当局が自国人を米国に引き渡すこともあり得ます。実際にマリンホース国際カルテルで有罪判決が出て、指名手配されていたイタリア国籍の重役が旅行中にドイツで逮捕され、米国に移送された事例もありました。
このため,国際的なビジネス活動をしている企業人は,司法取引に応じる事例が多いと言われています。
米軍基地は日本にもありますが,これまで在日米軍基地での入札談合事件はあるのですか。
少し古いですが,公正取引委員会が措置を取ったものとして,米国海軍極東建設本部が発注する建設工事の談合事件(横須賀海軍基地事件。昭63.12.8課徴金納付命令)や米国空軍契約センターが発注する電気通信設備の運用・保守業務の談合事件(横田基地事件。平6.3.30課徴金納付審決)があります。
この他,民事事件ですが,米国海軍航空施設における建設工事の談合事件で米国政府が損害賠償請求訴訟を行っています(厚木基地事件。平18.10.5東京高判)。
今回の在韓米軍基地事件の起訴を見ると,日本でも同様の行為が行われないよう注意が必要ですね。
そのとおりです。司法省は,2019年11月に政府の調達や補助金等に影響を与える反トラスト法違反行為に立ち向かうために,Procurement Collusion Strike Force (PCSF。調達共謀対策チーム)を設立し,2020年秋にはPCSFの活動を米国外にも広げています。今回の捜査も,その一環であると思われます。
米国反トラスト法は,実体面においても手続面においても,日本の独占禁止法とはかなり異なりますので,まずはその理解を十分しておくことが重要です。