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宮澤健一記念賞 第1回 受賞論文(大橋 弘 氏、明城 聡 氏)

論題:“Assessing the Consequences of a Horizontal Merger and its Remedies in a Dynamic Environment”

大橋 弘 氏
明城 聡 氏
 (Faculty of Economics, University of Tokyo in its series CIRJE F-Series with number CIRJE-F-609)

論文要旨

 本論文は、昭和45(1970)年3月になされた八幡・富士製鐵の合併について定量的な評価を行なうことを目的としたものである。八幡製鐵と富士製鐵は、1950年に国策会社である日本製鐵が解体されて生まれた企業である。再統合による新しい日本製鐵が復活すると、USスチールについで世界第2位の粗鋼生産高を有する製鉄会社の誕生が見込まれていた。八幡・富士製鐵の合併は、当時におけるその規模もさることながら、わが国の合併史上でも数少ない審判手続を経た企業結合である点で、今日における合併審査のあり方について解決されていない問いを投げかけている事例である。 本論文では、水平的合併において生じるだろう競争制限効果および生産性向上効果を勘案した上で、八幡製鐵と富士製鐵との合併を経済厚生の観点から分析すると共に、合わせて当時の公正取引委員会において応諾された同意審決における問題解消措置が経済厚生に与えた影響を定量的に評価した。学術的な観点からも、本論文は効率性向上効果を動学的な観点から分析するとともに、問題解消措置の事前的・事後的な観点から評価を行った初めての研究として、その国際的な貢献が認められる。
 推定作業においては、1960年から1979年までの銑鋼一貫企業上位6社(但し合併後は5社)における生産・投入データを用い、企業の戦略的な生産及び設備投資についての行動を定式化した上で、投資を通じた生産性向上も考慮した動学的な構造推計モデルを用いて分析を行なった。構造推定モデルを推定したところ、八幡・富士製鐵の合併を境に、銑鋼一貫企業の投資決定が戦略的な補完関係から代替関係へと変化したことが明らかになるなど、当時の日本の鉄鋼市場と整合的な姿が浮き彫りにされた。推定結果を踏まえて数値解析を行い、八幡・富士製鐵による合併がもたらした影響を評価すると、当該合併によって競争制限効果が若干見られたものの、生産性がそれを大幅に上回って向上したために、社会厚生(消費者厚生と生産者厚生との和)は年平均45%ほど上昇したことが分かった。同意審決にて応諾された問題解消措置は、そうした措置なく合併がなされただろう仮想的な場合と比較して、新日本製鐵以外の競争業者(とりわけ神戸製鋼と日本鋼管)の生産性を向上させることに寄与したものの、その生産性の向上の度合いは問題解消措置によって新日本製鐵がこうむった生産性低下を埋め合わせるまでには至らず、全体として社会厚生を減少させる効果を持ったことが明らかにされた。最後に合併前のデータを用いて推定結果を検証したところ、当該合併が社会厚生に与える影響を、競争当局は事前に予見することができた可能性があることが論文の中で示唆された。
  本論文から得られる政策的な含意として以下の3点を挙げることができる。まずHHI指数(すなわちハーシュマン・ハーフリンダール指数)の大小に基づいて企業結合の可否を判断することの経済学的な妥当性が乏しいことが再確認された。HHI指数はあくまで合併審査を行う際のスクリーニング(いわゆるセーフハーバー)としてのみ用いられるべきであり、合併審査においてHHI指数を用いたとしても競争制限効果や生産性向上効果を評価することは不可能であることが明らかとなった。
  2点目として、(短期的な意味での)消費者厚生にのみ注視した企業結合の可否の判断は社会的な経済厚生を損なう可能性がありうる点が指摘された。価格上昇などで消費者厚生が毀損されることとなる企業結合であっても、生産性向上効果が十分に見込まれる場合には、八幡・富士製鐵のような企業結合は社会厚生上の観点からも望ましい結果をもたらすことがわかった。
 最後に、問題解消措置は社会厚生の観点から過剰な措置となる可能性を排除することができず、場合によっては措置を課さずに企業結合を認めた方が社会厚生の観点から望ましいことがある点も明らかにされた。
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