論題:“Maintaining Privacy in Cartels”
菅谷 拓生 氏
(Journal of Political Economy: 126, 2018)
論文要旨
本研究は、企業がカルテルを形成するとき、情報共有の仕組みをどのように設計するかを分析したものである。従来の研究では、企業がお互いに情報を共有すれば、お互いを監視してカルテルからの逸脱を防ぐことができるため、カルテルのメンバー間の透明性が重要だと言われていた。ジョージ・スティグラーによる1964年の論文「寡占の理論」に代表されるように、いくつかの実証研究では、一定の条件の下では、透明性の向上がカルテルの維持に役立つことが示されている。
本研究では、このような従来の見解とは異なり、広範な情報共有は、企業がカルテルを逸脱し自分自身の利益のために市場シェアを得るインセンティブを強め、カルテルを弱体化する可能性があることを示した。例えば、企業1と企業2がマーケットを分割し、企業1がマーケット1を、企業2がマーケット2を独占する、というカルテルを結んだとする。もし企業1が、企業2のこれまでの業績を細かく観察でき、いつマーケット2に進出するのが最適かをより精緻に予測できたとすると、企業1がカルテルから逸脱するインセンティブが増えることになる。逆に言えば、価格行動に関する情報を共有しないことで、企業が談合を維持することが容易になるケースがある。
一般的に、透明性の向上がカルテルに与える効果は3つある。一つは、企業同士のモニタリングを可能にし、逸脱を見つけやすくする効果、もう一つは、マーケットの状況に応じて価格の調整を可能にする効果であり、この2つの効果は透明性がカルテルの維持を助ける方向に働く。しかし、3つ目の効果として、透明性の向上は、個々の企業が現在の市場状況に合わせて逸脱を調整することを可能にする。この効果は透明性がカルテルの維持を難しくする方向に働く。この三つの効果を比べることにより、以下のような結論が導かれる。透明性の向上は、需要の予測を必要とする不安定なビジネス状況下での談合に寄与する可能性があるが、需要の変動が少ない場合、企業はカルテルからの逸脱を防ぐためには、透明性を低くする必要がある。
欧州委員会が実際に摘発したカルテルの中には、企業が広範なデータを共有していないケースが多く含まれている。これらのケースでは、カルテルはコンサルティング会社を中継して行われていた。これらのコンサルティング会社(場合によっては業界団体)は、機密情報を扱い、そのちの一部のみを個々の企業に配布していた。
この論文は、独占禁止法の運営上重要な示唆を持つ。情報の共有はカルテルを助けるという一般的な考え方を考えると、独占禁止法違反で調査された企業は、他の企業と広範囲に情報を共有していなかったことを示す証拠があれば、違法な談合をしていないはずだと主張する可能性がある。しかし、本論文が示唆するように、広範囲に情報を共有することはカルテルを維持するには逆効果であることも否定できない。