論題:“Yardstick Competition to Elicit Private Information: An Empirical Analysis”
鈴木 彩子 氏
(Review of Industrial Organization, Volume 40, Number 4 (2012))
論文要旨
本論文は日本のガス供給産業に導入されたヤードスティック制度の効果を定量的に分析するものである。
規制産業にプリンシパル=エージェント理論における情報の非対称性の問題が存在することはよく知られている。例えば、費用に適正利潤を上乗せし料金を決定する総括原価方式のもとでは、あらかじめ利潤が確保されているため、企業はこれ以上費用削減の努力をするインセンティブを持たない(「隠された行動」問題、すなわちモラルハザード問題)。また、規制当局が企業の費用を完全に把握することができなければ、企業はより高い料金を得ようとして実際よりも高い費用を報告するインセンティブを持つ(「隠された情報」問題)。
料金規制において、企業の費用をほかの「類似する」企業の費用と比較することにより競争を導入するヤードスティック競争はShleifer(1985)により最初に提案されたが、この競争導入により、理論的には上記の情報の非対称性の問題を軽減することができる(Shleifer 1985、Tangeras 2002)。このヤードスティック競争のアイディアは日本のガス供給産業においても、ヤードスティック査定というかたちで導入された。本論文ではヤードスティック競争の「隠された情報」問題への効果に注目し、日本のガス供給産業において、ヤードスティック査定導入により、企業の費用を高く報告しようとするインセンティブがどの程度軽減されたかを推定する。
具体的には、1990年から2005年までの公営一般ガス供給会社のデータを用いて産業の構造モデルを推計し、そのパラメータから情報の非対称性がない仮想の状況下での社会厚生レベル(フルインフォメーションレベル)と実際の社会厚生レベルを計算する。そして、ヤードスティック査定がある場合とない場合で、その差がどの程度縮まるかを分析した。分析結果から、すべての企業を一斉に査定した初回の査定においては、実際の社会厚生レベルがフルインフォメーションレベルに近く、「隠された情報」問題が軽減されていることが明らかになった。しかし、料金変更を希望する企業のみを査定するその後の査定においては「隠された情報」問題軽減の効果はなく、実際の社会厚生はむしろフルインフォメーションレベルから遠ざかっていることが分かった。これは、初回以降の査定においては、企業自身が料金変更の有無、すなわち査定の有無を決定することができ(セルフセレクション)、査定される企業が内生的に決まってくることが問題であると考えられる。改善策としては、ペナルディー制度を費用の差に連動させること、または、毎回一斉査定を行うこと、などが考えられる。