論題:「日本企業による特許・ノウハウライセンスの決定要因」
西村 淳一 氏
(日本経済研究 No69。岡田羊祐氏との共著)
論文要旨
特許・ノウハウの技術取引は、オープン・イノベーションを進める手段として急速にその重要性を高めている。本論文では、『企業活動基本調査』における国内・海外別、また特許・ノウハウ別の技術取引額データを利用して、日本企業のライセンス・インおよびライセンス・アウトの決定要因を考察した。とくに、補完的資産の規模や知識の受容能力などで測られる「組織能力」の影響をコントロールしつつ、「利益逸失効果」の影響に注目した。
多くの先行研究は、知的財産制度や企業の組織能力の視点からライセンス・アウトの決定要因を分析してきた。しかし、企業のライセンスの意思決定では、市場競争の程度を考慮することが重要である(Arora and Fosfuri, 2003)。企業はライセンス・アウトによるロイヤルティー収入などの収入効果を得る。しかし一方で、ライセンス・アウトによって追加的または潜在的な競合企業の参入を引き起こし、ライセンス・アウトしない場合に本来得られたであろう利益を逸失してしまう。それゆえ、企業が既に厳しい競争環境に直面している(あるいは市場支配力を保持していない)場合、ライセンス・アウトによる追加的な利益逸失効果は低くなるだろう。一方、市場支配力を保持している企業がライセンス・アウトすると、多大な利益逸失効果を生むかもしれない。
利益逸失効果の実証分析の蓄積は浅く、定型化できるような頑健な結論も得られていない。本研究は、様々な産業に属する中小、中堅、大企業からなるパネル・データを利用し、技術の質を考慮した技術取引金額に基づいて、技術の供給者側のインセンティブのみでなく、技術の需要者側のインセンティブについても考慮して分析している。
本論文で用いたデータは企業活動基本調査の個票データで、95-2007年の企業レベルのパネル・データである。固定効果推計を行い、ライセンス活動における内生性の問題を軽減するため、ラグ付き説明変数による分析を試みた。企業の市場支配力の程度は国内と海外で異なることが予想されるので、国内および海外における利益逸失効果を検証する変数として、国内マーケット・シェアと海外売上高比率を利用した。また、企業組織能力の指標として、補完的資産では売上高を、受容能力では売上高研究開発費比率をそれぞれ代理指標として用いた。
推計結果によると、組織能力が高まるほどライセンス・イン、ライセンス・アウトともに増大することが確認された。さらに、とくに特許取引については、国内・国外ともに技術取引における利益逸失効果が強く働いていることが示された。これは、市場競争圧力が高まるほど特許取引市場が活発になる傾向があることを意味する。例えば、合併・買収によるマーケット・シェアの拡大には様々なパターンがありうるが、単純にシェアを増大するような国内集約化は、当該企業の国内ライセンス・アウトの減少につながる危険がある。このような市場競争を媒介とする利益逸失効果を分析することで、企業の合併・買収、垂直統合などを通じた市場支配力の拡大が、技術取引市場に与える影響について重要な示唆を与えるであろう。