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宮澤健一記念賞 第5回 受賞論文(伊神 満 氏)

論題:“Estimating the Innovator’s Dilemma: Structural Analysis of Creative Destruction in the Hard Disk Industry, 1981-1998”

伊神  満 氏
(Journal of Political Economy: 125, 2017)

論文要旨

「創造的破壊の構造推定」と題された当論文は、企業と技術の移り変わり、いわゆる「創造的破壊のプロセス」について、戦略的な産業動態という側面から研究したものである。  ミクロ経済学の理論が示唆するところによれば、新旧製品間のカニバリゼーション(共喰い)による置換効果は、既存企業によるイノベーションを遅らせる一方、抜け駆け(先制攻撃)をしたいという戦略的動機は、それを早めるはずである。また、新旧企業間の相対的な能力差(あるいは研究開発投資コストの差)は、上記に挙げた共喰いと抜け駆けのいずれかの傾向を助長することになろう。
 これら3 つの経済学的「力」を実証的に計測するために、筆者はハードディスク駆動装置メーカー各社について独自のパネルデータを用意し、動学的寡占企業モデルを推定した。その結果、「既存企業は、先制攻撃への強烈なインセンティブ、及び新参企業よりも優れた研究開発能力を有していながらも、カニバリゼーションによって、新製品導入に対して消極的になる」ことが判明した。新旧企業のイノベーション実績の格差のうち、57%がこの要因で説明できる。
 推計済みの実証モデルを基に、各種の仮想的な政策介入をシミュレーションしたところ、第一に、「より広範で排他性の強い特許制度」の導入については、もしも「事前的な投資インセンティブを高める」という理想的な形で実施できれば、全サンプル期間(1981 年~1998 年)を通した合計の社会厚生が、わずかながら上昇することが示された。しかし、より現実的な「事後的な競争排除」という形でこの政策を実施してしまうと、社会厚生は大幅に低下することも分かった。第二に、米国とそれ以外(特に西欧と日本)の間の国際貿易を途絶させた場合には、主に米国の消費者余剰と日本の生産者余剰について、著しい減少が見られた。第三に、イノベーションへの補助金は、そのための政府支出(投入された税金)に見合うだけの社会厚生増加には繋がらないことが示された。
 各種の政策介入がそれほど効果を発揮しないということは、裏を返せば、「現実の産業の長期的なダイナミクスにおいては、企業間競争とイノベーションのバランスが、それなりに好ましい形で保たれてきた」ということでもある。シュンペーターが著書『資本主義・社会主義・民主主義』において「創造的破壊のプロセス」に着目したのも、元来そういう趣旨であった。
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