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宮澤健一記念賞 第5回 受賞論文(遠山 祐太 氏)

論題:“The Effects of Domestic Merger on Exports: A Case Study of the 1998 Korean Automobile Industry”

遠山 祐太 氏
(Journal of International Economics:107, 2017 大橋弘氏との共著)

論文要旨

本研究は、韓国自動車産業における現代・起亜自動車の合併(1998 年)について、輸出市場を考慮した経済評価を行った。企業結合の分析においては、企業数の減少によって市場の寡占度が上昇する負の効果と、合併企業間のシナジーによる効率性の向上という正の効果、両観点からの検証が重要である。しかしながら、先行研究においては、企業結合の国内における帰結の評価が中心であり、国内における合併が海外市場での行動、特に輸出行動に与える影響については十分に扱われてこなかった。近年の企業活動のグローバル化を踏まえると、輸出行動を考慮した場合の企業結合を評価することは、競争当局にとって新たな知見を提供するものである。
 現代・起亜自動車の合併は本テーマの分析に非常に適した事例である。当合併の審査においては、当時国内シェア一位であった現代自動車が二位の起亜自動車を買収することで合併後シェアが60% 超になることから、市場支配力の上昇に関する大きな懸念が示された。他方で、生産プラットフォームの統合などを通じた効率性向上効果と、国際競争力の強化を通じた輸出の拡大の可能性についても指摘されている。最終的には、「当該企業合併が産業の合理化もしくは国際市場における競争力の強化に資するのであれば、これらの効果が競争制限効果を上回る限りにおいて合併が認められる」という当時の独占禁止法の条項を踏まえて、現代・起亜自動車の合併は承認された。本研究の貢献の一つは、韓国公正取引委員会の判断について、事後的観点からの評価を行ったことである。
 分析に際しては、まず韓国自動車市場における消費者の自動車購買行動、及び企業の国内競争・輸出行動に関するモデルを構築し、韓国自動車産業における需要・生産データを利用してモデルの推定を行った。推定結果から、合併企業は生産プラットフォームの共有化を通じて生産性を約3.8% 改善したことが判明した。
 その上で、推定したモデルに基づき、政策シミュレーションを行った。まず、「現代自動車と起亜自動車が合併せず、起亜自動車が独立社として存続した場合」という仮想的状況をシミュレーション行い、当該合併の評価を行った。シミュレーション結果から、合併によって国内自動車価格は大きく上昇したものの、生産性の向上を通じて輸出が2 倍以上増加したという結果が得られた。厚生の観点からは、生産者余剰は増加したものの、それを打ち消す形で消費者余剰が低下し、総余剰は低下したことが判明した。第二の分析として、「起亜が他の企業に買収された場合」という仮想状況について検証した。分析結果から、実際の買収(現代と起亜の合併)は、他の買収と比較して、生産者についてはより大きな便益をもたらした一方、消費者の厚生損失がより大きいものであったことが判明した。
 本研究がもたらす政策的示唆は二点である。一点目として、当時の韓国公正取引委員会の決定はナショナル・チャンピオンを作るという、産業政策的側面を強く帯びたものであったことを、我々の分析結果は示唆している。二点目として、本研究では、既存の企業結合シミュレーションモデルについて、輸出行動を取り入れる形で拡張した。本フレームワークは、輸出行動が重要となる企業結合審査において今後活用できるものであると考えられる。
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