論題:「競争法における関連市場の画定基準(一)、(二)完」
林 秀弥 氏 (神戸市外国語大学専任講師)
(民商法雑誌126巻1号[2002.4]、〔2001年〕、126巻2号[2002.5])
論文要旨
本論文は,その名が示すとおり,競争法で問題となる市場の範囲をどのように決めるべきかという,市場の画定基準について考察したものである。
市場の範囲は,そのとり方次第で,問題となっている行為の独禁法上の違法性判断に重大な影響を及ぼす。合併規制はその最たる例である。このため,市場の画定基準は,独禁法上の各種規制類型における違法性判断基準の考察に先立ち,まず検討しておかねばならない最も基礎的な問題となっている。それゆ えに,この問題が,学界・実務において,古くから最重要の検討課題として認識されてきた(現在では,電気通信分野における競争評価手法のあり方をめぐる議論のように,独禁法以外の領域でも市場画定の重要性は広く認識されつつある)。
その一方で,個々の事例において画定される市場は,そこで問題となっている個別具体的な行為や競争の態様に応じて異なるため,標準産業分類といった一般的な指標から,一義的に関連市場が導き出せるというものではない。市場の画定方法が,重要であると認識されながらも,難問とされてきた所以である。
そこで,本稿は,そもそも市場は何のために画定される必要があるのかという疑問から出発し,その目的から体系化された画定基準として,'どういうものがあり,またどういうものが望ましいのか,という点について検討を行うこととした。なんとなれば,市場画定の目的をまず明確にしておかなければ,いくら個々の市場画定の考慮要因を列挙していったとしても,結局,事案ごとのアドホックな判断に堕するおそれがあるのではないか。それでは,市場画定で勘案されている要因の関連性や各要因間の論理的関係,あるいはそれらの判断のウェイトが明確にはならず,ひいては,規制の明確性や透明性の点で問題を残すことになりはしないか。本稿は,かような問題意識のもと,米国法を研究することで,その手がかりを探ろうとした。米国法を素材としたのは,単に,それが独禁法の母法であり,市場画定の実例が最も豊富に揃っているから,というだけではない。米国法が,今述べた本稿の問題関心を意識しながら議論の展 開がなされてきたからである。
米国の判例法と合併ガイドラインを詳細に検討した結果,本稿では,いくつかの有益な知見を得た(第二章第七節,第三章)。その知見をもとに,日本法の課題について分析したのが第四章であり,そこでは本稿の冒頭で示された問題提起(第一章)に一応の答えを与えている。
しかし他方で,本稿には,次のような問題があると考えている。一例として,現在,欧米の規制当局は,SSNIPテストと呼ばれる市場画定方法を採用し,これが裁判所にも大きな影響を及ぼしている。本稿でも,このテストに理論的側面から肯定的な評価を与えた。しかし,このテストが実際の局面においてどのように運用されているのかという点については,紙幅の関係もあり,本稿で十分に解明されたとはいえない。また,「結語」(第四章第四節)で示した課題も残されている。これらは,今後の研究課題としたい(なお,本稿の補足として,本誌「米国EC独禁法判例研究」に掲載されている一連の拙稿の参照を乞う)。
*民商126巻1号72頁の10行目にある「原告」は,「被告」の誤りです。この場を借りて訂正させていただきます。