論題:「不可欠施設へのアクセス拒否と市場支配的地位の濫用(1)~(4)完」
柴田 潤子 氏 (香川大学大学院香川大学・愛媛大学連合法務研究科教授)
(香川法学 (1)22巻2号(2002),(2)23巻1・2号(2003),(3)24巻2号(2004),(4)完29巻2号(2009))
論文要旨
伝統的にネットワーク産業は,自然独占分野として法的独占が認められ,参入規制,料金規制等の規制を受けているが,近年,技術革新を背景に,新規参入を促進する等の競争原理の導入が進められてきている。これらの事業分野においては,従来独占が認められてきた事業者が,ネットワーク等の不可欠施設を有しているため,依然として当該施設に係る市場において支配的地位にあるといえる。このため,新規競争者が自己の施設を設置することが期待し得ない状況下では,サービスの提供のため当該既存ネットワーク施設の利用に依存せざるを得ない状況となる。かかる事業分野に競争を導入する際にとりわけ重要であるのは,既存の事業者が独占的に有するネットワーク施設へのアクセスを確保することであり,このような特殊な状況に対しては何らかの法的措置が必要であると考えられる。
ヨーロッパ及びドイツにおいても,これらのネットワーク産業の自由化が進められている。ネットワークアクセスの問題に対しては,伝統的に国家独占とされてきた電力,電気通信,鉄道,郵便などのネットワーク産業に重点が置かれているが,さらに知的財産権,飛行機予約システム等も重要となってきている。これらに対しては,競争法(独占禁止法)の枠組みで,かかるネットワーク所有に基礎づけられた市場支配的地位にある事業者の濫用行為として,ネットワークへのアクセス拒絶が捉えられていることは注目に値する。本論文では,第一に,競争を行うのに不可欠である施設の利用に関して,不可欠施設を有する事業者は,どのような要件のもとで第三者に当該施設へのアクセスを与えなければならないか,という問題に焦点を当てて,ドイツ競争制限防止法第六次改正で導入された同法19条4項4号及びヨーロッパ競争法を手がかりに学説判例の検討を行った(第一章)。次に,ネットワークへのアクセスを確保することと同時に,ネットワーク利用料金の妥当性を確保することが重要であり,ネットワーク利用料金に係る価格濫用規制の問題を扱った(第二章)。ここでは,学説・事例の一定の蓄積があるドイツの濫用規制を手がかりに,電力エネルギー分野を中心に事例を分析した。
さらに,ネットワークアクセスの問題は,業法においても同様の規制の枠組みが見られる。特に電気通信分野については,業法の果たす役割が著しいドイツの電気通信事業法を検討の対象とし,市場支配的地位の濫用規制という観点から,電気通信事業法と競争制限防止法の関係を考察した(第三章)。
最後に,近年一層活発化している濫用行為,とりわけ排除行為に対するドイツ・ヨーロッパの議論及び事例を検討した。いわゆる「不可欠施設理論」としての独自性は弱くなりつつあるが,「不可欠施設」として捉えられる範囲は拡大する傾向にあると考えられ,「取引拒絶」の理論と組み合わさりながら,市場支配的地位の濫用行為規制としての展開が認められる(第四章・完)。