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宮澤健一記念賞 第8回 受賞論文(大西 健 氏、若森 直樹 氏)

論題:“Excess Capacity and Effectiveness of Policy Interventions: Evidence from the Cement Industry”

大西    健 氏(一橋大学客員研究員・アマゾンジャパン合同会社シニアエコノミスト)
若森 直樹 氏(一橋大学大学院経済学研究科准教授)
“Excess Capacity and Effectiveness of Policy Interventions: Evidence from the Cement Industry”
(International Economic Review, 2022。岡崎哲二氏(明治学院大学教授、東京大学名誉教授)との共著)

論文要旨

 産業における過剰生産設備─景気のピーク時にも稼働しない余剰な生産設備─は今日の世界で広く観察される事象であり、アメリカの「ラストベルト」における自動車工業や、近年の中国・韓国における鉄鋼業や造船業などがその典型例として知られている。過剰生産設備が長く残存する理由の1つとして挙げられるのが、企業間の戦略的相互依存関係である。ライバル企業が生産設備を処分するのであれば、自社としては生産設備を処分する必要はないため、どの企業も過剰設備を処分しないという非効率な均衡に陥ってしまうのである。このような状況では、企業の戦略的なインセンティブを除去するような政策介入が社会的な効率性を改善する可能性がある。本論文は、過剰生産設備に対する政策介入の有効性を、1970年代から1990年代の日本のセメント産業に対して行われた2つの臨時措置法を例にとり、多角的に検証しつつ、どのような点に留意して政策介入を行うべきかを明らかにした。
 日本のセメント産業では、1970年代の2度に渡る石油危機の結果、設備稼働率は低水準にとどまり、過剰設備問題が生じていた。そのような中、1980年代〜1990年代に特定産業構造改善臨時措置法と産業構造転換円滑化臨時措置法が制定され、通商産業省と業界が協力し共同して生産設備の処理を行った。結果、産業全体の生産設備が大幅に減少し、稼働率は上昇したが、この反競争的とも考えられる政策介入は、市場の効率性を損なわなかったのであろうか。本研究では、政策の効果を2 つの観点から評価した。
 第一に、消費者の視点からの分析として、セメントの需要関数を推定し、政策実施期間中のマークアップ率の変化を検証した。その結果、政策介入がセメント産業の市場支配力を増加させていなかったことが示された。これは、需要量を比較的正確に予測できていたため、生産設備処理後でも十分に需要を満たすことができる供給力が残されたためと考えられる。
 第二に、生産者・政府の視点からの分析として、処理された設備の生産性を精査した。政策では各企業が処理すべき生産設備量が決められたが、処理された生産設備は各企業の中でも低生産性のプラントから順に行われただけでなく、産業全体から見ても低生産性のプラントから順に処理が行われたことを確認した。これは、社会的に見ても淘汰されるべきプラントが処理されたことを意味している。
 以上から、本研究は日本の過剰設備処理政策が効率的かつ市場機能を損なわない形で実施されたことを明らかにした。これは、今日でも議論される過剰設備問題への政策介入も、経済厚生を損なわない形で進められる可能性を示唆している。
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